昨日、もう20年近く前、インドで出家(沙弥)した時の恩師に会いに行った。覚えていないだろうな、と思いつつ、どこかで、覚えていてくれるかも知れない、とも思いつつ、会ってみるとやっぱり覚えていなかった。忘れられていたことを確認できてよかった。
戦うこと。
今の世の中戦うことが多い。戦争法案のこと、辺野古基地のこと、原発のこと、安曇野市にあっては産廃処理施設のこととか。
戦うことが悪いこととは言わない。だけど戦うことが良いことだ、戦わなければならない、とも思わない。
世界中から戦争が無くなったら、平和になるだろうか?
戦争も貧困も無くなったとしても、ひとが死んで行くことに変わりは無いだろう。死は無くならないだろうし、それは悲しいことであったとしても悪いことではない。殺す、殺される、にとらわれ過ぎると本質を見失う。
怒り、憎しみ、恐れ、そういった負の感情が凝り固まってできたものが戦争なのではないか、と思う。
だから、怒り、憎しみ、恐れを持って戦えば、戦争は終わるどころかどんどん増えていく。
原発反対にしても、戦争法案反対にしても、怒りは戦う上では大きな力になる。
だけど怒りによって戦えば、きっと世の中良くはならない。政治家達は俺達をわざと怒らせるようなことばかり言っている。何故か? この世界を動かすナニモノかが人間の負の感情をいっぱい集めようとしている、と僕には思える。
あるいは戦争それ自体がより多くの怒り、憎しみを求めているのかも知れない。
「慈悲」
戦っても殺されても、怒り、憎しみ、恐れ、では無く、慈悲の心を持つこと。それによってのみ戦争を終わらせることができるのだろう。戦争を動かすエネルギー源である負の感情を根絶やしにしてしまえば。
あまりにも綺麗事だろうか? 家族を惨殺された人達に対して「慈悲を持ちなさい」なんて言えるだろうか?
先ず、自分から実践していくしか無い。他人に何を期待することもできないから。